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甲府地方裁判所 昭和47年(ワ)108号 判決 1973年5月04日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一  原告

1  被告は、原告に対して、金九一七万三、五六七円及びこれに対する昭和四七年四月一九日から完済までの年六分の金銭の支払をせよ。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同じ

(原告の請求原因)

一  原告(保険契約者兼被保険者)と被告(保険者)との間に、昭和四三年九月二七日、登録番号山梨5ふ九七〇号普通乗用自動車(以下本件自動車という。)について、期間一年、保険金額一事故一、〇〇〇万円の対人賠償責任保険契約が締結された。

二  原告は、昭和四四年五月八日午後一〇時四五分ごろ、本件自動車を運転し、山梨県中巨摩郡櫛形町小笠原一、一五八の一四番地常盤タクシー有限会社戸田町営業所前の三差路を進行中、居眠りをしてしまい、ハンドルを左に切らずに直進したため、右営業所の車庫に飛び込み、発車しようとしていた乗用自動車(中込七重運転)に衝突し、さらに車庫空地に駐車中の乗用自動車に衝突して、同車に乗ろうとしていた常盤哲也をはねとばし、そのため、中込に対して左第二腰椎横突起骨折、右頸筋痛(加療約六月)、常盤に対して右大腿骨頸部骨折、両側坐骨恥骨骨折、左腓骨骨折等の傷害(加療約一〇月)を与えた。

(A)  常盤は、原告に対して、右事故による損害として、後記費目の合計一、〇一五万三、五六七円から自賠責保険金一二八万円を控除し、その残額八八七万三、五六七円を請求して来た。(原告は、その内金として三三〇万円を支払つた。)

1 治療費 一八一万四、二三一円

2 慰藉料 二三九万三、五〇〇円

3 逸失利益 五〇三万三、六三六円

4 付添看護料 五四万二、〇〇〇円

5 通院交通費 九万九、二〇〇円

6 諸雑費 二七万一、〇〇〇円

(B)  原告と中込とは、昭和四五年三月二日、右事故について八〇万円を支払う示談をしたが、そのうち五〇万円は自賠責保険によつて補償され、原告は、中込に対して残額三〇万円を支払つた。

四  よつて、原告は、本件保険契約に基づき、被告に対して、前項(A)の請求額と(B)の支払額の合計九一七万三、五六七円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年六分の遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁)

一  請求原因第一項を認める。

二  同第二項中、被害者からの傷害の程度は知らないが、その余は認める。

三  同第三項は知らない。

(被告の抗弁)

一  本件保険契約は、自動車保険普通保険約款に従つて締結されたが、同約款第二章賠償責任条項第四条には、自動車が「酒に酔つた運転者によつて運転されているとき」に生じた損害を填補する責に任じない旨定められている。

二  原告は、本件事故当夜、相当量の飲酒をし、酒の酔いのため眠気を催したのにかかわらず、あえて本件自動車を運転したため、運転中居眠りをして本件事故を惹起した。従つて、被告は、本件事故について免責事由がある。

(抗弁に対する原告の答弁)

一 抗弁第一項を認める。

二 同第二項を争う。

(証拠関係)〔略〕

理由

原告(被保険者)と被告(保険者)間に本件保険契約が締結されていること、原告が本件自動車を運転中に保険事故(但し、被害者らの傷害の程度は除く。)が発生したこと、及び自動車保険普通保険約款に被告主張の免責条項があることは、当事者間に争いがない。

そこで、原告の運転が酒酔い運転に当るかどうかを検討しよう。

〔証拠略〕によると、次のような経過が認められる。

1  原告は、事故当日、午前中から中巨摩郡櫛形町の現場で宅地造成工事をしていたが、仕事が終つたので、午後三時ごろ本件自動車を運転して、配下の青沼俊治を乗せて、同郡白根町在家塚の料理店巨摩荘へ行き、午後八時ごろまで同所において飲食した。

2  二人の注文した酒類は、生ビール・中ジヨツキー九杯と清酒・銚子一五本であつたが、原告は、そのうち、少くとも生ビール三杯を飲み、さらに若干量の清酒(証拠上その量を確定することができない。)を飲んだ。なお、その際夕食は取つていない。

3  原告は、巨摩荘を出、本件自動車を運転して帰宅の途についたが、青沼の希望で近くの知人清水方に立寄つた。そして、清水方附近の国道端に本件自動車を駐車しているうちに、酒酔いのため眠くなつて、しばらく車中で眠つていた。

4  午後一〇時三〇分ごろ、原告は、青沼に起されたので、本件自動車を発進させたが、約四キロ走行したころ、残つていた酔いのため居眠りを催おし、意識がもうろう状態になつて、本件現場附近のカーブを曲らずに直進して、車庫に飛び込んでしまつた。

5  原告は、本件事故後約四五分経つて、小笠原警察署において、ドリンクメーターによるアルコール保有量の検知を受けたが、担当警察官の判定によれば、呼気濃度は〇・二五mg/lであり、巨摩荘での飲酒後三時間余も経過しているのに、酒臭が強く、言語はしどろもどろ、直立もできかねるような状態であつた。

6  原告は酒が弱く、平素の酒量も少い。

以上の認定に対して、〔証拠略〕には、当時原告が酔つていなかつたとの趣旨の部分があるけれども、各人の主観的見解を出ないから反証としては十分でない。

〔証拠略〕によると、原告に対する被疑事件の送致を受けた検察官が、警察官の検知判定を再検討した上、呼気濃度を〇・二五mg/l未満としていることが認められるが、果して、検察官の判定が正しいといえるかどうか疑わしい(勿論、警察官の行つた前記検知方法が科学的に誤りがなかつたと断定するものではない)。

そのほか、〔証拠略〕中前記認定に反する部分は採用できないし、他に、これをくつがえすに足りる証拠はない。

そうすると、前記認定の各事実を総合すると、本件保険事故の直接原因は、原告の居眠り運転にあるけれども、その居眠りを誘致した主要な原因が飲酒酩酊にあることは明らかである。

換言すれば、原告は、巨摩荘における飲酒の後、一・二時間程度睡眠を取つているが、それにもかかわらず、なおアルコール保有の状態が継続し、かつ、アルコールの影響のもとに正常運転ができない状況にありながら、あえて、本件自動車を運転して、本件保険事故を発生させたといわざるをえない。

従つて、本件保険事故は運転者の「酒酔い運転」中のものであるから、被告の免責の抗弁は理由がある。

よつて、原告の請求はもはや理由がないから、棄却することとし、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻)

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